
経営・事業戦略
2026/8/27
「売上は過去最高なのに、手元にお金が残らない」。従業員数名から数十名規模で、特定のエリアに根を張ってきた派遣会社の経営者から、こうした話を聞く機会が増えています。市場は確かに伸びています。しかし伸びているのは市場全体であって、自社の粗利ではありません。この記事では、地域密着型の派遣会社が事業を続けるために、どの数字を最初に見て、何を捨て、どこに絞るべきかを整理します。
目次
先に結論を述べます。地域密着型の派遣会社が生き残る条件は、売上を大手に近づけることではなく、特定のエリアと特定の職種において「他社では代わりが利かない状態」をつくることです。市場そのものは拡大しています。厚生労働省「令和6年度 労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」によれば、労働者派遣事業の年間売上高は9兆9,005億円(前年度比9.4%増)、派遣先件数は約86万件(同7.9%増)に達しました。
一方で、東京商工リサーチ「2025年1-11月の『労働者派遣業』倒産」によると、同期間の倒産は82件(前年同期比41.3%増)で、1996年からの30年間で3番目の高水準でした。市場が伸びながら退出も増えるのは、成長の果実が均等に配られていない証拠です。規模で正面から戦えば負けます。だからこそ、勝てる範囲を先に決める必要があります。
原因は営業力の不足ではなく、単価の改定サイクルにあります。令和6年度の派遣料金は8時間換算で平均26,257円、派遣労働者の賃金は16,735円でした(同集計。派遣料金は消費税を含む額です)。差額は9,522円で、ここから社会保険料、募集費、教育訓練費、内勤者の人件費までを賄います。
問題は、賃金が上がる時期と料金を上げられる時期がずれることです。最低賃金は毎年10月前後に発効します。厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」では、引上げ額の目安がAランク54円、B・Cランク56円と示され、目安どおりなら全国加重平均は1,176円となります。対して派遣料金の改定は、契約更新の商談でしか実行できません。3か月更新の契約なら、値上げを持ち出せる機会は年に4回しかない計算です。つまり、単価を上げられない会社ではなく、単価を上げる場が年に数回しかないことを設計に織り込んでいない会社が、利益を失っていきます。この構造は「人材派遣市場の料金動向」とも直結します。
登録者数は、稼働に結びつかない限りコストです。同じ集計から1事業所あたりの人数を算出すると、登録者は226.7人であるのに対し、実際に派遣された無期雇用・有期雇用の派遣労働者は合計66.3人にとどまります(表2より算出)。名簿にいる人の多くは動いていません。
見るべきは、稼働人数 × 1人1日あたり粗利 × 稼働日数という三つの掛け算です。加えて、派遣契約の期間は3か月以下が全体の85.7%を占め、1日以下の契約も25.7%あります(同集計・表10)。短期契約が中心である以上、稼働は放っておけば必ず減ります。地域密着型が毎月確認すべき数字は、月末の稼働人数そのものではなく、翌月に契約終了を迎える人数との差分です。
指標 | よくある管理の仕方 | 見直し後の管理の仕方 |
|---|---|---|
規模 | 登録者数・売上高 | 月末稼働人数と翌月終了予定人数 |
単価 | 派遣料金(税込)で把握 | 1人1日あたり粗利(税抜・社保控除後) |
営業 | 新規案件の獲得件数 | 派遣先1社あたりの稼働人数 |
採用 | 応募数・応募単価 | 就業単価と6か月継続率 |
更新 | 現場任せ | 更新月を起点にした料金改定の計画 |
地域密着型の優位は、商圏の狭さそのものにあります。地域ブロック別の売上高構成比は南関東が44.9%、東海と近畿が各15.2%で、三大都市圏以外はおよそ4分の1の市場を地元事業者と大手支店が分け合っています(同集計・表17)。大手は支店採算が合わなければ撤退できますが、地元事業者は撤退できません。この非対称性は、そのまま交渉上の材料になります。
大手が最も持ちにくいのは、就業終了後に同じ人をもう一度稼働させる導線です。雇用安定措置の実績を見ると、対象となった派遣労働者1,130,707人のうち、派遣先への直接雇用を依頼する第1号措置が講じられたのは6.0%、そのうち実際に派遣先で雇用されたのは41.0%でした(同集計・表13)。就業終了は毎月必ず発生します。終了した人を他社へ流さず次の案件に戻せる会社は、募集費をかけずに稼働を積み上げられます。就業初日から数週間の関わり方が、この導線の起点になります(参考:「就業初日に派遣スタッフが辞めないためのフォロー術」)。
新規開拓の生産性が低い会社ほど、扱う職種を増やしがちです。しかし1事業所あたりの派遣先件数は26.0件(同集計・表3)であり、取引社数を増やすより1社あたりの稼働人数を増やすほうが、営業工数あたりの粗利は大きくなります。既存の派遣先で評価を得ているなら、同じ企業の別部署や別拠点へ広げるほうが確実です。詳しくは「中小派遣会社が大手に勝つための戦略」でも整理しています。
ここからは、公開データと派遣事業の構造から組み立てた想定ケースです。実在の事例ではありません。地方都市で製造・物流系を扱う稼働40名の派遣会社を考えてみましょう。売上を追って取引社数を20社まで広げた結果、営業1人あたりの担当先が増え、更新面談が形式的になっていた、という設定です。
項目 | 見直し前 | 見直し後の狙い |
|---|---|---|
派遣先社数 | 20社(1社あたり2.0名) | 12社(1社あたり3.3名) |
料金改定 | 先方からの依頼時のみ | 更新月の60日前に必ず起案 |
終了者対応 | 終了後に連絡が途切れる | 終了30日前に次案件を提示 |
営業の役割 | 新規開拓が中心 | 既存深耕7:新規3で配分 |
見る指標 | 月次売上 | 稼働人数と1人1日あたり粗利 |
取引社数を減らすことは、売上を減らす判断ではありません。同じ営業工数で、より深く入る先を選び直す判断です。撤退候補を決めるときは、粗利額の絶対値ではなく、1社にかけている訪問時間あたりの粗利で並べ替えると判断しやすくなります。
直近3か月の「月末稼働人数」と「翌月契約終了予定人数」を並べて可視化したか
派遣先ごとの1人1日あたり粗利(税抜・社会保険料控除後)を算出したか
契約更新月の一覧を作り、料金改定の起案期限を60日前に設定したか
自社の商圏に適用される最低賃金の改定額と発効日を確認したか(地域別最低賃金の全国一覧)
訪問時間あたり粗利で派遣先を並べ替え、下位の扱いを決めたか
過去1年の就業終了者のうち、再稼働した人数の割合を出したか
登録者数ではなく稼働人数を、社内の共有指標に置き換えたか
地域密着型の派遣会社にとって、売上規模の拡大は目的ではありません。判断すべきは、どのエリアのどの職種で代わりが利かない存在になるか、その一点です。まず出すべき数字は、月末稼働人数、翌月の契約終了予定人数、そして派遣先ごとの1人1日あたり粗利の三つです。この三つが並んだ時点で、値上げを打診すべき取引先と、手を引くべき取引先が見えてきます。淘汰は規模の小ささではなく、数字を持たないことによって起きます。
既存の派遣先を深く掘る戦略を取る場合でも、一定数の新規接点は必要になります。自社だけで求人企業との接点を増やすことが難しい場合には、外部の仕組みを併用する選択肢もあります。ハケンバンクは、求人企業と派遣会社をつなぎ、派遣会社の案件獲得を支援するプラットフォームです。
厚生労働省「令和6年度 労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」(2026年3月31日公表)
厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(2026年7月28日公表)
厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(令和7年度)
東京商工リサーチ「2025年1-11月の『労働者派遣業』倒産 82件」(2025年12月公表)
この記事の監修者

ハケンバンク運営チーム
ハケンバンク運営チームは、人材派遣会社と求人企業をつなぐプラットフォーム「ハケンバンク」の運営を通じて、派遣業界の市場動向や現場課題を日々分析しています。
派遣会社の経営者・営業担当者・コーディネーターの実務に役立つ情報を発信し、「派遣会社の経営を変える知識」をテーマに、業界の構造や最新トレンド、実践的なノウハウを分かりやすくお届けしています。

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